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【ストーリー⑦】周りの評価を気にした自分からの卒業。



こんにちは。田島です。



ストーリー⑥のつづきです。

2回の入院と、トータル約10ヶ月の松葉杖生活を通して
『今度こそ周りの顔色や評価ではなく、「自分の意思」で自分の人生を創っていくんだ!!』と、自分と誓った。

そして、これだけ休職しても席を残してくれた会社に対して、恩返しをするとも決めていました。


ただ、いざやろうと思ったら最も大変なことでもあった。

人から嫌われることを恐れて、波風を立てることを避けていたこれまでの私にとって『会社という集団社会のなかで「自分の意思」を出していく』ということが。



『これまでの自分』と『これからの自分』の狭間で、最初はもうめちゃくちゃ揺れた!笑


ちなみに私が当時勤めていた転職支援会社では、『1日でも早く内定(転職成功)に導く』というスピード主義を大切にしていた。

初回のキャリア面談のときも『90分以内に終わらせるように』という暗黙のルールもあり、それ以降は基本電話とメールでのやりとりになっていく。

そんな限られた時間のなかで「経歴」だけではなく、「PRポイント」や「その人の人柄」を発掘していくことが求められる。



ただ、求職者の方のお話を聴くたびに
『条件的な希望はあっても、そもそもどう生きたくて、どんな働き方をしたいのかがそもそもわからない…』という葛藤を抱えた人がほとんどという状況にも直面していて。

(これは転職するときにわかっていたけど、月日が経っていくと色々なもどかしさがあった)



それがこの休養期間のなかで
改めて自分の仕事をするうえで大切にしたいことを考え直してみたときに、こんな想いが生まれてきた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

1日でも早く内定をもらったとしても
本人のなかで「自分の決断」にモヤモヤしたままだときっと後悔が残るんじゃないか。

そんな気持ちで入社をしたとしても
本人だけではなく、それは採用した企業にとってもどうなんだろうか。。


「キャリアマッチングとは何か?」
「お客様のため、って何だ?」
「今までのやり方のままでいいのかな?」


いや、仮に面談時間が長引いたとしても
最初に相手のことを知ることが、自社にとっても採用先の企業様にとっても大事なはずだ!!!

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会社から1歩離れたからこそ、これまでの違和感に気づけたように気がします。



勇気をだして、想いを伝える。
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ただこのやり方を貫くためには
会社のルールから外れることになるので、いざ取り組もうとした瞬間、なんとも言えない恐れが込みあげてきた。

だけど、そのまま何もやらないまま自分の本音を押し殺してしまったらまた今までと何も変わらないじゃないか!と思い、当時の上司や部門マネージャーに対して想いをぶつけにいった。

『1人1人の本当の魅力や願望をヒアリングしたいので、面談時間を最低2時間させてほしい』と。



ただ、上司たちからは
『自分の能力次第だろうから、90分のなかでしっかりやれろうだろう』という、まぁある意味正論な言葉が返ってきた。

それでも自分のなかでもゆずれなかったので、「勝手に」自分で面談時間を長くしては、その度に何度も上司から怒られる日々。笑



いつしか問題児として、ある日個別に上司と部門マネージャーから呼び出しされて厳重注意を受けることに。


ただ、そのときに何を血迷ったのか

『あと3ヶ月だけ時間をください!それで何も成果が変わらなかったら、そのときは会社の方針に従いますから!!』と、上司と部門マネージャーに啖呵をきっていた。

(言葉だけにしたらカッコいいけど、実際は面談後「どうしてあんなこと言っちゃったんだー」とめちゃくちゃ後悔してたww)



勝負の3ヶ月がはじまった。
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そんな啖呵をきったものの、最初の1〜2ヶ月目は成果に何の変化も生まれなかった。内心自分の中でもかなり焦った。

ただ、それでも味方になってくれる先輩たちのお陰で何とか気持ちが保ち、最後の3ヶ月目にようやく成果が生まれはじめた



それからも『お客さんに喜んでもらうために何ができるか』と問い続け、その時できることをやり続けた。


ときには、お客さんが他社の紹介会社と迷っているときに『本人が大切にしている転職軸の確認からそれぞれの会社に入った後のメリット・デメリットを一緒にシミュレーションをして考える』という関わりをすることもあった。

自社の会社を進めるのが当然だと思うが、それも『自分の決断に後悔してほしくない』という目的からだった。


この結果、お客さんからも「田島さんの関わりにすごく心打たれた」といってコンペ会社の条件に差が少なければ、私がサポートさせていただいた企業様を選んでくれる人が増えていった。

そんな関わり合いのなかで自分の決断に自信をもって転職活動を終える人が増えていったことがなによりも嬉しかったなぁ。



そして復帰してから1年間後。

社内100人ほどいる中で、復帰前は「50位」くらいだった私が「3位」という成績を残し、会社から表彰をいただくまでになった。


この経験は実績以上に
なによりも自分の意思で、自分の人生は創っていける!ということが『確信』に変わった瞬間でした。



自分のやりたいことを、全力で。
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この頃から会社の休日(土日)を利用して
『その時自分がやりたいことを全力でやる』と決めて、本業以外にも限られた時間の中で色々な活動をした。


✔️私が尊敬している人が主催する会員800人以上いる社会人勉強会の運営リーダーを2年半関わる

✔️写真家として「プロフィール撮影」「セミナー撮影」「カメラを使ったワークショップ」を開催する

✔️信頼している仲間とともに「夢を見つけ、その1歩を踏み出せる場所」として学びのコミュニティをつくる



これまでの口だけ人間とはちがって
『実践・行動』をベースにしたチャレンジする自分に成長していった。

初めてのカメラワークショップ
みんなでカメラで遊ぶ
月1回の勉強会「我楽多塾」
やりたい!を応援するコミュニティ「チーム癒し系」



こういった本業での経験だけではなく
週末に自分がやりたいことにチャレンジしたことで、色んな想いが溢れてきた。



自分の意思で、自分の人生はいくらでも創っていける!

今のキャリアコンサルタントではできない、もっと人の深い価値観や生き方を見つけるお手伝いがしたい!!


そんな想いが強くなっていった。



あと、この想いに出会う1年前くらいから
私の周りでフリーランスとして働く人とのご縁が増えてきて、「いつか、フリーランスとして独立してみたいなー!」という夢をぼやっと抱いていたのを思い出す。


これまで色んなチャレンジを通して
出会えた人たちやそこでもらった言葉たちのお陰で自信も生まれた。

ちょうどキャリアコンサルタントとしても5年という1つの節目がたち、これからの自分のキャリアと向き合っていた。

 
・このまま今の会社で上を目指すか
・新しい会社に転職をしてチャレンジするか
・長年のフリーランスの働き方へダイブするか


かれこれ6ヶ月も答えがでないまま
最終的には『今までやりたいことを反対してきた父親が背中を押してくれたこと』と。

キャリアコンサルタントをやっているからこその転職市場を理解できていたのもあり『20代最後で仮に1年やってダメでも転職できるだろう』という安心要素が決め手となり。


『20代最後、今こそチャレンジのときだ!』と色んなタイミングが重なって、2015年12月に会社員生活を卒業して、独立をすることになりました。




大学生のときに訪れたフィリピンで人生観が変わり、そこから天職だと思っていた仕事での挫折。

そこからの怪我をきっかけに「口だけ人間の自分」「周りの評価を気にしてずっと生きてきた自分」というダサさに直面する。

自分を本気で変える決断をしてからのやりたいことへのチャレンジ。


その瞬間は目の前のことでガムシャラだったけど、この1つ1つの経験が、起業をしたときに『ぜんぶ必要だった』と繋がった。


そんな起業での道のりが、経験が。
私が大切にしていた『自分のどまんなか』を思い出させてくれたのでした。


⇨ストーリー⑧へつづく





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